『下町の灯り 第一集』には、八つの短編小説を収めた。
一冊の本として完成したときは、もちろん嬉しかったが、それ以上に、ようやく書き終えたという気持ちがあった。
小説を書くことは、思っていた以上に難しいものだった。
頭の中には、描きたい人物や場面がある。こんな出来事があって、こんな言葉を交わして、最後にはこんな気持ちが残る物語にしたい。
ところが、いざパソコンに向かうと、なかなか思うような文章にならない。
書いてみても、何かが違う。
言葉を替えたり、順番を入れ替えたり。ようやく納得できたと思っても、翌日読み返すと、また気になるところが出てくる。
物語の構成にも悩んだ。
どこから始めれば、読者はその人物に興味を持ってくれるのか。どんな出来事を描けば、その人が生きてきた時間まで感じてもらえるのか。
そして、どこで物語を終えるのか。
特に結末は難しいものだった。
最後に登場人物の気持ちを説明すれば、伝わりやすくなるかもしれない。でも、それでは読み終えたあとに残るものが、少なくなってしまう気がした。
何より苦労したのは、感情を説明しないこと。
悲しい人を描くとき、「悲しかった」と書けば、その気持ちは伝わる。
けれど、できることなら、その言葉を使わずに伝えたい。
たとえば『三分遅れ』では、時計を修理する手元や、柱時計が刻む音を大切にした。
登場人物が何を思っているのか。それを直接書くのではなく、仕事をする姿や、いつも聞いている音の中から感じてもらえないだろうか。
そんなことを考えながら、文章を何度も直した。
執筆中は、AIとも何度もやり取りをした。
文章を見せて意見を聞き、修正案を出してもらう。なるほどと思う提案もあれば、どうしても納得できないものもある。
そのたびに、何を残し、何を変えるのかを考えた。
言葉を一つ替えるだけで、人物の印象が変わることがある。一文を削った方が、かえって気持ちが伝わることもあった。
反対に、削りすぎて、人物の息遣いまで消えてしまったように感じることもある。
文章を足すことより、削ることの方が難しい。
第一集を書きながら、何度もそう思った。
この人物は、本当にこんなことを言うだろうか。この場面で、こんな行動を取るだろうか。
何度も読み返し、考え、また書き直しました。
八つの物語を書き終えたからといって、小説の書き方が分かったわけではない。今でも、思うように書けずに手が止まることがある。
ただ、一つだけ、以前とは違うことがある。
書きたいことをすべて書かなくても、伝わるものがある。
そんなふうに思えるようになった。
今は『下町の灯り 第二集』を書いている。
昨日、これでいいと思った一文を、今日になって削ることもある。
そして、しばらく考えたあと、また書き始める。

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